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「玄関」という言葉に隠された、深い仏教の教え

「玄関」という言葉、実は仏教用語だったと知っていましたか?

 

先日、高野山大学での2日間の授業に参加した際、フィールドワークで「壇上伽藍(だんじょうがらん)」へ行く機会がありました。

 

その時の、とても印象深かったお話です。

 

入口にある大きな門をくぐった後、講師の僧侶の方が、「わたしは今、どこを通ってきたと思いますか?」と私たちに問いかけました。

 

私はまったく気にしていなかったので、てっきり一緒に門をくぐったものだと思っていたのですが、実はその方は、門の横から入って来られていたのです。

 

お寺の入口である「山門(三門)」は、俗世間と、仏様の悟りの世界を分ける「結界」と考えられています。そのため、正式に出家した僧侶の方は、特別な儀式がある時以外は、正面の門を使用しないのだそうです。

 

講師の方は、そこを「幽玄(ゆうげん)なる世界の入り口」と言われていました。

 

そして玄関という言葉は、仏教において悟りの世界への入り口を意味する言葉として使われてきたそうです。

 

お寺における正式な入り口(山門や玄関)は、位の高いお客様や外からの参拝客をお迎えするための「おもてなしの入り口」です。そのため、修行中の身である僧侶がそこを堂々と正面からくぐることは、「自分はもう悟りを開いたお釈迦様と同じ存在だ」と慢心することになってしまいます。

俗世の煩悩を捨て、清らかな心で仏道に入るための境界線である、お寺の門。

そう考えると、なんだかこちらまで身が引き締まる気持ちになりませんか?

 

山門は、単なる入口ではなく、心を整え、仏道へと足を踏み入れるための大切な場所。

世俗の喧騒を離れ、静寂の中で仏の教えに触れることができる場所。

 

そう考えると、玄関を開けるときも、お寺の門をくぐるときも、日常の小さな節目に、ほんの少し立ち止まり、自分の心を整える時間を持てたら素敵だなと思いました。


 

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